旅情(火炎樹の花咲く頃)
ちょっと変だよ日本の教育と思っている帰国日本人が、海外駐在時の見聞録や、日本人をちょっと斜めにみて、子育て、学習指導について応援します。子育て・しつけの裏技もあります。


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Author:山ちゃんー61
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 河でも潮の満ち引きがあった
   

 ホーチミン市を流れるサイゴン河は、五〇〜六〇キロ上流でも、ほとんど海抜がない。
 メコンデルタでは、河の水位は、海の水位と同じである。だから、潮の満ち引きによって、水位が変わり、通勤時に眺めている河の表情が日によって違っている。
 大潮の日には、川底が広く遠くまで干上がるし、満潮のときは、川岸の数十センチのところまで水が来ている。昨年は、この満潮と大雨が災いし、多くの被害を出したそうだ。(温暖化の影響で海の水位が上がれば、ホーチミンの街の一部は必ず水をかぶることになるだろう) メコンデルタの各支流では、この水位の変化を利用して、たて網漁が行われている。水の引いた岸辺近くに網を仕掛け、満潮からつぎの干潮にかけて魚の入ってくるのを待っている。
 雨のあとが大漁になるとかで、うまく潮時と雨が重なると人々は大急ぎで網をしかける。私のオフィスの近くの河や沼の一帯もよく網がしかけられている。薄茶色の水にもぐったり、泳いだりしながら網を仕掛ける人々の顔は生き生きとしている。今日こそは大漁だという期待で。


かげのひと
  教育は人の心に種をまくこと。
     でも芽が出るとは限らない。
     出ても、いつ出るかわからない。
     しかも、多くの場合芽が出たときは、
     教えた人はそこにはもういない。
     教育とははかないものだ。
     といって、怠れば芽は出るはずはない。

                    金平敬之助
                    「一言の魅力」PHP研究所

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 小学校の恩師を囲んで同窓会をした話をあまり聞かない。特に小学校1年生の担任を囲んだ話は、とんと聞いたことがない。中学校、高校、大学などはよく聞くが、それだけ小学校の先生の印象が少ないのだろうか。
 私の好きな句に、「菊作り 咲きそろう日には 陰の人」という吉川英治の句がある。おおもとを、作る喜びを詠った句だが、菊を愛でる人は菊の花の美しさをほめても菊作りの苦労に気づく人は少ない。
 思うに、小学校の時に様々なことの基礎を教育している。まさに種をまいてきているのだった。ただどんな種をまいてきたのかそれが問題だ。もっとも同窓会を開いて小学校の教師を招くべきであるなどという種をまく必要はない。一つ言えることは表に出ない多くの支えで人が生きていること、その人たちに感謝する心を持つべきであるという種はまいておきたいものである。


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ただし、交通費は実費をいただきます。

高学年になって不登校や、学校不適応に悩むより、早めの発見と、対応で、
楽しい・豊かな学校生活ができるようにしてあげることも親のつとめです。
 そういう不適応等の芽が発見されやすいのが、この時期です。
お子様のことで不安をお持ちの方下記のアドレスに一度ご連絡ください。
yamaki.hiro@gmail.com
なお、メールのタイトルを、「教育相談2008・C」としてください。

    明倫教育研究所




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あなたのお子様は大丈夫?
以前にも書きましたが、不登校やいじめ、学校不適応になる子供は何らかのサインを出しています。
イカの項目について子供さんを見てください。(保護者や先生が特にわかりやすい思います)
この項目のサインは、今子供が何らかの悩みを抱えていることが多いのです。
********************************************************************************************
(小学生対象)?
1 目を見て話せない。
2 目を見て話を聞けない。
3 親に向かって、蹴ったり殴ったりする(小学1〜3年生)
4 落ち着きがなくいつも動き回る。
5 奇声を発する。
6 成績が急に下がる。
7 友達の悪口が急に多くなった。
8 成績は悪くないが、勉強をあまりしない。
9 口ごたえが多くなった。
10 いたずらが多くなった。
11 衣服の汚れが目立つ。
12 買い与えた覚えのないものをいくつか持っている。
13 帰宅時間が遅くなった。(逆に早くなった)
14 外に出たがらない。
15 電話に出るのをいやがる。小声で話す。
*********************************************************************************************
いくつか思い当たる方、子供さんとしっかり話し合ったり、様子を見てやってください。
なお不安がありましたらご相談にも乗らせていただきます。




気になる子育て
 
 最近、子供をみていて気になることがあります。いろんな場面や。ところでこんな子供を見るたびに、これから社会に出て行ったときに苦労をするだろうなと思います。
 それは、「指示待ち人間」が多くなってきたということです。「指示待ち人間」とは、一つ一つ指図をしないと何もしない、できないというような人をいいます。例えば「赤ちゃんをみていて」と言うとじっと見ているだけで、ハエが止まっても追い払おうともしない子が増えているということです。
 低学年のうちはその傾向が強いのですが、高学年になるにしたがって、いわゆる「気が利く」子供に成長していくのがふつうなのです。
気が利くというのは、たとえばおじいちゃんが「たばこを持ってきて」というと、灰皿とライターも一緒に持ってくるようなことをいいます。「テレビをつけて」と言ったとき、スイッチを入れるだけではなく、「お父さん、何チャンネルにするの」と問い返せることができるようなことです。
 それが、どうも最近は、「テレビをつけて」と言っても、まず誰も動かない、「○○君つけてください」と言ってようやく腰を上げますが、次にすることをいわなければそのままにして相手が何を求めているか確かめようともしません。
そういった子供たちがすでに社会にも出ています。何かの指示を出し、それに関することで、できていないことがあり、注意すると、「それは教えてもらっていませんから。」「それは聞いていませんから。」と、自分が気配りできていなかったことを認めようとしません。先のたばこの話ではありませんが、「灰皿はもってこいといわなかったじゃない。」と言うことなのです。さて、このブログをここまで読んで、若者の行動を弁護しようという方は、すでに、あなたもこの気が利かない傾向が強くなっているのではないでしょうか。社会生活で箱の気が利くと言うことは仕事をしていく上で大きな差となって現れてくるのです。
さて、こういった子供をどのようにして「気が利く」子に育てていったらよいのでしょう。
一つの方法としては、まず「細かな指示を子供にしない」、その上で、口癖として「それでいいの?」というような会話が多くなるとよいのではないでしょうか。きちんと気を利かした行動をほめることはもちろんですが。





もちもちの木

 ブーゲンビリア慕情
   これは、私が南の国の、王家の森にあるお寺のトアンという年老いたお坊さんから聞いた話です。


 昔々のことでした。ある村に、マイというそれは美しい娘がいたそうです。彼女があらわれるとまわりがぱっと明るくなり、かすかにさわやかな花の香りがするほどだったそうです。それは、ちょうど森のおくの高い木に咲いているランの花のようだったそうです。
 
 心のやさしいマイはだれからも愛され、村人はほこりに思っていました。そんなマイですから、ぜひマイと結婚をしたいと思う村の若者も多く、また近くの村からも、たくさんの若者が一目でもあいたいと集まってきました。
 村一番の金持ちの息子は、たくさんのプレゼントを用意し、マイの気を引こうとします。村で一番かっこいいと思っている若者は、せいいっぱいオシャレをしてマイの前にあらわ結婚を申し込みます。しかし、マイは、やさしくほほえむだけでそれ以上の返事はありませんでした。
 マイの家に、タイという若者がはたらいていました。お母さんが重い病気で長くわずらっています。タイは、お母さんの薬を買うためにお金をたくさん借りなくてはなりませんでした。タイは借りたお金を払うためにマイのうちではたらいていたのです。タイはそんな自分の生活を気にもせず、お母さんが元気になるために一生けんめいはたらきました。
 マイは、そんなタイのやさしさが好きで、いつしか二人は愛しあうようになりました。
 月明かりのヤシの木の下で、よりそう二人の姿が見られます。湖に浮かんだ舟の上で楽しそうに語り合う二人の声が聞こえてきました。美しい花の咲いている森のかげで、タイとマイは幸せな時間をすごしていました。大きな木の枝に、真っ赤な蘭の花が咲いていました。
ふと、見上げあげて、その花に気づいたタイは、必死に登って摘んできました。その花を髪に飾ったマイは、天女のようでした。タイはうっとりとその姿を見ているのでした。
 二人が結ばれることははかないい望みと分かってはいるのですが、それでもこうしているときは幸せでした
 やがて、そんな二人にお父さんが気づきました。、マイのお父さんはは、使用人で、貧乏なタイと、村一番の美しい娘を結婚させる気はまったくありませんから、喜ぶはずがありません。
 だから、二人のこの幸せは長くは続きませんでした。マイがタイのような男とあっているとよい結婚相手がいなくなると心配したマイのお父さんは、二人があうことをきびしく止めたからです。
 マイは家から出ることも自由にできなくなりました。
「一度でいいからタイに会わせてください。」
「だめだ、あんな貧乏人は、おまえにはふさわしくない。私が、もっとすばらしい婿を探してやるからタイとはもう会うのではないよ。」
と、お父さんは、椰子委言葉だが厳しく言い渡すのでした。
 でも、タイに一目あいたいという思いは募りますが、お父さんの監視が厳しく、あうことができません。悲しみの中に日がたっていきます。

 とうとうマイは失意の中で重い病気になってしまいました。立ち上がる力もなくベッドに寝たきりになってしまいました。タイとすごした楽しい思い出が浮かんでは消えます。森の美しい花や、小鳥のかわいい鳴き声とともにすごした時間がなつかしく思い出されます。
 タイは、そんなマイの様子を聞くと心配でたまらず、森でつんだたくさんの花を持ってお見舞いに行きました。マイの髪に飾った思い出の大きなランの花もつんできました。
玄関に出てきた父親は、
「何をしにきた。ここはおまえのような貧乏人のくるところではない。帰れ、帰れ」
と、どなりつけました。
しかたなく、タイが手にしていた花束を、
「では、せめてこれだけでもマイさん届けてください」
とさしだしました。
ところが、父親は、
「なんだこんなみっともない花束なんか」
と地面に投げ捨てふみつけてしまいました。

 こうして、父親の仕打ちの前に二人があえないままに日が過ぎていきました。
マイの病気がますます重くなりました。
 苦しい息のもとで、お母さんに、
 「私は、ずっと美しいままでいたいの。そして、タイさん以外の人に私はふれてほしくないので、そんな花に生まれかわりいつまでもタイさんのことを愛しつづけます。」
と自分の思いを伝えながら、静かに息を引き取りました。
 マイのタイを思う気持ちのはげしさに気づいた父親は、二人が会うことをゆるさなかった自分をせめましたが、いまさらどうしようもありません。せめてものつぐないにと、マイの想いがかなうよう、毎日、森の近くにあるお墓に行って祈りました。 
 やがて、マイのお墓に一本の木が育ちあざやかな花をたくさん咲かせるようになりました。咲いた花は散ってもその色を失うことがなく、美しくあざやかなままです。散った花が、マイのお墓の上一面にあざやかな花がおおいました。
 父親が、その花を一枝えだおり取ろうとすると、鋭いトゲがひっかきます。それは、
「私にふれないでください。私の心は、いつまでもタイさんといっしょです。」
とうったえているようでした。

 いつまでも変わらない花は、紙で作ったように見えます。人々は、マイがこの花に生まれかわったのだといい、「紙の花」といって大切に見守りました。

 語り終わった老人の目は、心なしか後悔の色が浮かんでいました。
今でも、ブーゲンビリアとして知られているこの「紙の花」は、王家の森を美しく彩っています。

蓮の花 今日もメコンは 夏の朝 (旧サイゴン市のいわれ)
  ホーチミン市をはじめとして、メコンデルタには多くの都市が散在している。最大の都市はホーチミン市だがが、ここから車で六時間走ってもまだメコンデルタの端には行き着かない。
 デルタ地帯は、網の目のように続いている水路や支流と大小たくさんの湖沼が点在し、ほとんどの都市へは船が行き交っている。
 水面が静かなため、水位が潮の干満にともなって変わる河川と、湖沼との違いがようやく判別できるくらいである。
 熱帯特有の茶色に濁った水中から、薄いピンクのハスの花や、白いスイレンがあざやかに咲いている。ニッパ椰子が岸辺には群生し、庭にココナツ椰子が、数本生えている家も水辺に見られる。なまずや鯉がいるらしく、釣糸をたらしていたり、船を巧みに操ったりして漁をしている人も見られる。スコールの中を、蓮の葉を傘代わりにさして歩いている女の子を見かけたときは、忘れかけていたメルヘンの世界への入り口を観た思いだった。
 山がなく一面の田んぼが広がる中、農家や雑貨屋、食堂などが点在する道路が一直線に走っている。
 家々の庭には、熱帯の果樹が植えてあり、季節になるとたわわに実った果物が見られる。ランブータン、チク、リュウガン、パパイア、ライチ、ココナッツなどが主で、熱帯果樹の種類はあまり多くはなさそうである。
あちらこちらに、綿の木が生えていて、遠くから見るとソーセージがぶら下がっているようである。昔は、ホーチミン市やその近郊には、たくさんのこの樹があったそうだ。
 ホーチミン市がサイゴン市と言われていたのは、実はこの綿の樹が由来している。つまり、「綿」のことをベトナム語では「ゴン」といい、「樹」のことを「サイ」とも言うそうである。つまり、サイゴンとは「綿の樹」がたくさんある都市という意味である。と言い伝えられている。

接近距離 


 動物が危険を感じて逃げ出す距離を警戒接近距離?というそうだが、人が危害を加えなければずいぶん近くまで寄らせてくれる。アホウドリは、その警戒接近距離があまりにも近いため、簡単に人に捕まり絶滅の危機に瀕していることは有名な話である。
 ベトナムでも小動物の警戒接近距離はいろいろあるようだ。やもりで1メートルくらいだろうか。熱帯地方はこのやもりが年中壁を走っている。灯りの近くにいて、寄って来た虫をすばやい動きで、捕って食っている。思い出したように、「キキキ」と鳴き声を立てているのは求愛かなわばり宣言のようである。近くまで寄って、大きな目をクリクリッとして獲物を待っている姿を見ると、愛嬌があって爬虫類が嫌いな人でも、可愛いと思う人が多い。
 さて、私は70センチくらいに近寄られると、一歩距離を取る行動を起こしてしまう。
 しかし、ベトナム人は、この警戒接近距離が、異常に近いためちょっと異様に感じてしまう経験をよくした。
 町中で、若い女性同士が腕を組んでよく歩いている(これはまだかわいい感じがして許せる。)しかし、男同士で手をつないだり肩を組んだりしている姿を見ると、私の思いからいうと不快な気分になってしまう。何と同性愛者の多い国だ、と目を丸くしたものだ。
 しかし、最近は、これはベトナム人の警戒接近距離がうんと近いこと、むしろ親近感を表す距離ではないかという風に思えてきた。先日、現地校の校長と食事をする機会があったが、話が興じてくると、彼は、私の膝に手を置いて相づちを打っていたのである。「え、この校長、バラ族」と一瞬凍りついたが、そうではなく、警戒接近距離が異常に近いだけだったようだ。
 そういえば、バイクでも車でも、この距離は異常に近い。バイクとバイクや自動車の距離は本当に接触事故ぎりぎりまで突っ込んでくる。彼らはそれでも平気なようである。
 いくら親近感を表す距離とはいえ、道を歩いているとき数センチまで近寄られたのでは、おちおち歩いている訳にはいかない。持ち物は十分気をつけることにしている。
 やもりのように、かわいい目をして無害であることがわかっていても、目の前に飛び出してくると、びっくりすることがあるのだから。






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